熊野古道に還ります

さて、今まで熊野古道に関係ない話題ばかりブログアップしてきました。

 

意味がないわけではありません。

なぜ、東京から移住してきてこの熊野古道で宿をやりたいかというと、(まぁやっていたんですが、ある事情で今は他の場所に潜伏中です)

この経済、世界の安全保障、私の背景全て、この熊野古道で一つの解決というかモチベーションになっています。だから、この熊野古道で次世代に繋げる宿を遺すことは、私の使命というか、私の墓標となるものなのです。

 

・世界の平和を守るのか?

いえ、戦争をしない世の中になって欲しいです。でも、戦争はいつか必ず起こる、自浄作用なのではないかと思っています。だから人間(社会)の自浄作用が、戦争という人を殺しあう物でない、代替物があることが望ましいです。

そのためには先の大戦で日本人が気づいたことがあると思うんです。それは「もっと外国人の事を知っていたら、その外国人に刃を向けただろうか」ということです。国際交流は平和への、戦争を少しでも回避するための一歩であり、日本の事を知っていただくこと、それも精神的な複雑な部分に触れ、体験してもらうことは外国人に日本人を理解してもらうだけでなく、地元の一生外国になんか行かないような人たちに外国人がどんな人なのか知っていただく機会になると思うんです。

 

・日本人とはなんなのか

これは答えは難しいですね。日本人の定義は歴史の中で変わっていくと思います。

司馬遼太郎が問うた「あんな戦争を起こしてしまった日本人とはなんなのか?」という問いでさえ、難しいと思います。昭和の日本人(一般の人)は天皇のために戦ったと思っています。天皇こそが国家であり、神であり、天皇さえいれば我々日本人は安心して生きていられる。というロジックです。私は天皇制は改革が必要だと思います。象徴としての天皇はあっていいと思うのですが、血統から選ぶのではなく、神職の総代表を選ぶのがいいと思っています。

 

先日の小室眞子さんの件は天皇制のひずみであり、何の権力も持たない女性に皇室ということで税金の予算を与えて嫁ぐときに一般人になるからといってひどい中傷を受けました。天皇家の人間というだけで皇室行事を請け負わせ、皇位継承もないのに行動が制限され、恋愛も不自由で社会権もない不遇な身分です。中傷がひどすぎてPTSDになったほどです。彼女になんの非があるのでしょうか?皇室に基本的人権はありません。確かに天皇制は国威掲揚のためにはコストパフォーマンスが高いと思います。しかし、皇室の人権はこれからも守られないでしょう。

 

天皇家に対する厳しい制限と過度な負荷はあってはなりません。しかし天皇家の権力を復活させるのはもっといけないと思います。ここは大戦の反省を踏まえ、血統によるものではなく、国事行為を行う象徴としての職業として、儀式に通じた神職の中からふさわしい人物を選ぶことが望ましいと思います。

神国日本を復活させてはならないのです。

 

これを憲法第9条のかわりに戦争への暴走を止める装置の一つにします。

戦争拡大を推し進めたもう一つの原因は、軍部と財閥との癒着です。悲しいことに日本は占領地を財閥や中産階級の利潤を分け与える相談をしていたようです。つまり、侵攻した土地は財閥の拡大に繋がり、財閥はそのために軍を支援した。軍は財閥の支援を受けているから拡大を止めるわけにいかなかった。利益のために戦争を拡大していたようなのです。

これもしっかり法律で規制しなければなりません。財閥は解体されました。しかし癒着が起こらない仕組みは必要だと思います。

 

自衛隊は装備こそ最新であっても有事の際の法律は整備されておりません。これは有事法制を整備することは戦争に繋がる道だ、戦争をすることはないから法律は必要ない、という考え方です。

つまり外国から侵攻されても、自衛権を行使する自衛隊はあっても運用する法律は整備されていないのです。これは実際に戦争が起こってからは逆に何でもありの状態を作ってしまいます。

大戦時の「統帥権干犯」のような法律の拡大解釈が非常時に行われかねません。

ですから、戦争になったとしても最小限の被害に抑えるために有事法制は必要なのです。

 

先日ある方からこの政治的話題について「もし喧嘩になって殴られたら殴り返すしかないじゃないですか。殴られっぱなしで解決するのですか?」という論調でお話しされた方がいます。

自衛隊を擁護するときにこの話をされる方がいらっしゃると思うのですが、護憲派の人は「殴り返すから喧嘩が終わらないんだ。だから冷静になって話し合いで解決するしかない」という論調で返すと思うんです。

 

これについてなんですが、私は両方とも極端な例だと思うんです。もし相手と喧嘩になったら。

相手から殴られたら殴られないような努力をしつつ仲裁する方法を考えなければなりません。

これは相手と自分と利益相反が起こることはよくあります。その時、どれだけ周りを仲間につける政治力、外交力があるかです。また、仲裁する国もリスクを背負います。そのリスクを理解しつつどう自分の立場を理解させ世論を味方につけるかが大事です。

 

ですから、先ほどの喧嘩の話でいうと、日ごろからどれだけ仲間と仲良くなって多数派にいられるか、いじめられないようにできるか、孤立せず隣人とwinwinの関係をどれだけ多く築けるか。

時には隣人を助けることができるのか。が必要なことです。

この「時には隣人を助けられるか?」について、集団安全保障の話になってきます。

 

これは本当に難しい話です。現代の戦争は当に総力戦です。

情報通信、サプライチェーン、科学技術、エネルギー。

一見直接戦争とは関係ない物まで供与することは戦争に大きく影響を与えます。

 

武器弾薬や軍隊を送らなくても集団安全保障の枠組みの一つなのです。それを最近「経済安全保障」などという言葉で表現しています。サイバー攻撃など、戦争はシームレス化しているのです。

 

まぁこれはまた別のブログで書いた方がいい内容ですね。

 

私はこの熊野古道中辺路で宿をやりながら60数ヶ国の方と交流してきました。

大戦後、日本が大きく変わったのは日本人のグローバル化です。

日本人はとにかくもっと多くの外国人と様々なレベルで交流すべきです。

私が数年間営業していた宿には何か国かの大使館職員の方が宿泊の問い合わせをして実際何人もお泊りいただきました。某国大統領のスピーチライターだった方もいらっしゃいました。

 

日本の深部の精神文化に興味を抱いてハイキングする方の中には、熊野古道中辺路を歩くことが日本を理解する一つのきっかけだと考えているからだと思うんです。

私は熊野古道だけでなくいろいろな日本の文化をできるだけ多く外国人に知ってもらいたいですし、日本中くまなく外国の方に旅行していただいて地元の日本人に外国の方を知ってもらいたいです。それはもし戦争が起こった時、仲裁の手を差し伸べるきっかけにもなると思うんです。

 

そしてグローバル化した日本人は改めて「日本人とは何か」考えることになると思います。

 

・投資の話のブログについて

子どもの頃から新聞の株式欄を見ていた私は、金融に手を出すのに自分が向いていないと感じてきました。でも見ることは好きですし、やはり世界の動きは金融が大きく影響していると思います。今のグローバルサウスの動きは逆に金融市場からは見えにくい動きですが、そのことも踏まえて一つの世界の動きの指標であることは間違いないと思います。

 

翻って私自身の投資の考え方ですが、自分の人生の中で投資したいもの、何故投資をするのかも考えた上で、自分の身を投げ打ってこの巡礼という自分を見直す場に関わりたい、それこそが自分の投資だと思うに至ってます。投資は自分の知識のあるものに投資するべきです。なんだか知らない市場の値動きや、金融市場からみた業界動向だけで投資判断することは、プロでも至難の業です。(だからアナリストはプロなんだと思います)

そこに真正面から立ち向かうことは避け、自分の知っているニッチな分野で金融関係者を説得することができれば、それが本物の力だと思うのです。