私は歴史好きというか司馬遼太郎が好きです。
小学生の時に「竜馬がゆく」に出会い、今までで50冊以上の作品を読んだと思います。
司馬遼太郎は「ペルシャの幻術士」で小説家デビューしてその後書いた「竜馬がゆく」で有名になります。有名になりすぎで、そして昭和の当時はギリギリ幕末の関係者から生の逸話を聞いた人も多く(つまに「僕のおじいちゃんから聞いた話と違う!」)などと言った今でいうクレームも多かったそうです。
そこは小説なんだから、と言えば済む話なんですが、ナマジ元々新聞記者だった司馬さんはその後、作品を書くにあたって徹底的に資料を調べ上げてから書くようになります。
自分で調べた資料に基づく考察は学者にも影響を与えたようで、「司馬史観」という言葉まであります。自分で調べたなりの独自の歴史考察が出来上がり、小説として世に出されることで世間に大きな影響を与えました。私もそんな大きな影響を与えられた一人です。
もう一つ、司馬遼太郎が歴史小説を書く上で大きなテーマだったのは、「日本人とは何か」というテーマです。
これは司馬氏の戦争体験が原点にあります。終戦直前、本土決戦に備えて戦車の狭い窓からアメリカ軍の上陸に備えていた敗戦濃厚な空気の中、「日本は一体なぜこんなバカげた戦争にまい進したのだろう。一体日本人は何故こんなになるまで戦ったのだろう」という疑問が頭の中を駆け巡りました。(詳しくは司馬さんの作品にこの体験がいくつもの作品に書かれていますので読んでみてください)
司馬さんの作品で「竜馬がゆく」が歴史小説のスタートだったのは、この近代日本を動かしてきた人たちを英雄として神格化せず、人間臭い部分まで生々しく描いて近代史に新しい光を当てようという試みだったのだと思います。
その一つの集大成が「坂の上の雲」だと思います。
坂の上の雲で司馬遼太郎が繰り返し伝えているのは「日露戦争は国家総動員して借金で倒産しそうになってアメリカとイギリスの仲介とロシアの政情不安というラッキーが重なって何とか勝った。勝ったというにはお粗末な勝ち方だったけど、勝てた。それを戦いだけで勝利したつもりになって
30数年後に、起こした第二次世界大戦の時も、その日露戦争当時のいい部分だけ誇張し、反省も改革もせず戦争に飛び込んだのが敗因だった。日露戦争で勝ったんだから今度の戦争もきっと勝てるに違いない」この楽観的な見方が甘かったのだ。と断じています。
本当はもっといろいろな原因があったと思うのですが、司馬遼太郎はそこに注目して「坂の上の雲」で日露戦争を描いています。
司馬遼太郎が生きた時代は明治に急に神格化された権威が暴走した時代なんだと思います。
天皇および天皇家の権威、軍の権威。
江戸幕府が約260年の間に天皇家は「日本の神社の総代表」のような非政治的な組織になっていました。しかし倒幕した新政府が自分たちの正統性を主張するために天皇という後ろ盾が必要だったのです。
大戦前の昭和天皇でさえ「私は他の人と変わらない人間なのに現人神と神格化されるのは困る」と発言していたのに、天皇を神格化させ暴走させたのはその天皇の権威を利用する人たちでした。
私はその最も利用したのは軍であり、その軍の名誉職を担っていたのは皇族だったのだと思います。そういう空気の中で「統帥権干犯」という不思議な権力ができました。
軍の指揮する「統帥権」は天皇の持つ大きな権利であり、軍の指示することはすなわち天皇の命令である。軍の命令に背くことは天皇に背くことになる。と軍のいう事に誰も逆らえなくなってしまったのです。
これが軍の暴走に繋がり、現在の憲法には「文民統制(シビリアンコントロール)」が入っている理由です。
江戸幕府は武力によって天下統一を果たしてますが、明治の新政府は天皇の権威を借りて自分たちの統治を正当化しました。
その為に神仏分離を進め、熊野古道にも廃仏運動として影響を与えられます。
熊野本宮大社には大きな仏殿と本願所があったけど廃仏運動で破壊されたそうです。
太平洋戦争でアメリカへ真珠湾攻撃した要因の一つに軍の暴走がありますが、これは天皇の権威を借りた「統帥権干犯問題」が大きく影響しているようです。
私が司馬史観に影響されながら自分でも歴史を調べる中で感じたことです。
司馬遼太郎は私の歴史に対する価値観や考え方を変えてくれた、より深く興味を持たせてくれた作家さんです。先の政治的な硬い問題でもそうですが、社会風俗的にも大きな刺激を与えてくれた人です。
昔は男尊女卑の世の中だったというように教わってきましたが、司馬遼太郎の描く歴史小説の中の女性はしたたかな面を描いてます。
作品を読んでいくうちに何十作品とか読むと、だんだん「あ、この話他の作品で読んだことあるかも」という逸話が出てくるんですが、なんか段々おじいちゃんの昔話を聞いているような、ノスタルジックな安心感があって好きです。
