日本のこれから

私は昭和50年代の始めに生まれた「氷河期世代」です。

 

ぎりぎり昭和天皇が在世の頃を知っています。知っていると、足腰はしっかりしているけどゆっくり動くおじいちゃんが国民に対して静かに手を上げて答えている姿を覚えています。

 

しかし、平成以降に生まれた人たちは昭和天皇が歴史上の人物で第二次世界大戦の時のいわば独裁者だったことを歴史で学ぶのみです。これだけでもだいぶ印象が違ってくると思います。

 

私は戦後のベビーブーマーから生まれた世代で、その前の世代はもっと感覚が違ってきます。

1ドルが昔360円だったのは当たり前だったし、携帯電話がなくて駅の待ち合わせの黒板を使っていたし、彼女の家に電話すると先方の親が出るのではないかの恐れを知っています。(私も若干知ってます)

小学校の頃、書店員だった父がテレビのニュースでインタビューに答えている姿を覚えています。

ニュースというのは、急激な円高でその書店が高級な聖書を仕入れたという話題でした。

(父は洋書の担当でした)

 

戦後の為替というのは、円は固定相場で1ドル360円と決まっていました。

しかし戦後経済が急激に発展する中で、金本位制だったドルは国際通貨機軸になっていましたが、

ついにアメリカはドルと金の交換レートを停止することで変動相場制へと移行していきます。

1971年の事です。

それまでの国際通貨機軸というのはイギリスのポンドでした。

 

第二次世界大戦後ヨーロッパが戦争でめちゃめちゃになることでアメリカが国際通貨機軸となり、アメリカが一手に金との交換レートを持っていたのにそれを停止するのが1971年です。

 

以来金の値段は商品の値段の一部として市場がありますが、現在金の値段は上がり続けています。

つまり金本位制の時代なら通貨としての価値は下がり続けているわけです。

 

そのドルが世界的にドル高になっていて、日本円は今円安になっています。

つまり日本の円の価値は金本位制だった時に換算すると現在ものすごく価値が下がっている状態なのです。

日本はそれまでデフレの状態でした。なのでこのインフレは今までのデフレの時代から転換して良かったのだとしている風潮があります。

果たして本当にそうなんでしょうか?

 

確かに日本はデフレで物の値段が上がらない、新しい商品を出そうとしても市場が成熟しすぎてシェアを取るまで大量の資本と商品を投入しないと採算が取れない状態が続いていました。

その為イノベーションのモチベーションが上がらない、若い人にチャンスがない状態でした。

 

だから黒田バズーカで異次元の金融緩和をやったんだと思います。「お金を貯めないで投資して経済を回す」ために大量のお金を市場に出しました。銀行にはお金を出さないとペナルティを発生させるくらい異常な状態でした。

 

これは高度経済成長期にお金を稼いだ世代が一様に高齢化して資金運用に対してディフェンシブになり、家計の貯蓄が膨らんだこと、同じく企業経営のトップが内部留保を抱えたことが原因です。私は企業が内部留保を抱えた原因は、為替リスクの方が大きいと思っています。

これからも海外の取引が多い日本は内部留保を抱えることは当然のリスクヘッジだと思います。

 

しかし、個人の資産については違うと思っています。早く資産管理の世代交代をさせることでより積極的な個人財政を営むべきで、そのために若い世代に金融教育を進めるべきだと思います。

 

そして、これからの日本ですが、果たしてアメリカがこのまま世界の盟主であり続けるのでしょうか?国連で主導権を握り、国際通貨機軸を一手に引き受け、世界経済・秩序に対して主人公であり続けるのでしょうか?

 

アメリカのGDPは2024年現在約28兆ドルであり、2位の中国が約18兆ドルであることから考えても、EU全体でも中国と同じくらいの経済規模なので、ダントツで世界一の経済大国です。

 

しかし人口は約3.5億人でEU諸国は約5億人。中国が約14億人。今成長が目覚ましいインドが約14億人で近年中国を抜いて人口では1位になったようです。

 

もし民主主義が多数決であるなら、インドと中国が最も発言権があるべきです。しかし、世界情勢はアメリカ、EU諸国の発言権の方が強いと思います。

 

毎年行われるG7はグローバルセブンだそうですが、すでに経済規模の大きい中国は入っていませんし、諸国との連携は以前世界にとって大きな規模であってもそれが全てではなくなってきていると思うんです。

近年、インドをはじめとする「グローバルサウス」というのがニュースで耳にするようになってきました。人口的にもアフリカは今後50年で20億人にまでなる予想です。

 

私は、アメリカを基軸に外交をするだけではいけないと考えています。

もちろん、今後の外交方針としてアメリカは一番大きな存在です。

 

ウクライナの戦争を見ていて日本は学ぶべきで、ウクライナはロシアから侵攻を受けてかのゼレンスキー大統領はアメリカ、EU諸国のNATOに援護を求めました。

そして自国からは軍隊を送ることはできなくても軍事物資を送り、義勇軍が各国から4万人という規模で集まったのです。

 

ロシアは人口1億7千万人、かつてはアメリカにただ一つ対抗できる軍事大国でした。

4000万人のウクライナでは対抗できません。

しかし、ロシアの東進を恐れるNATO諸国およびその周辺国からは理解と支援を得ることができたのです。

「ロシアは国際社会から孤立している」そう見られていました。

 

ロシアのウクライナ侵攻後すぐは首都キーウまでロシア軍が肉薄する勢いでしたが、NATO諸国の軍事支援の結果、東側のルハンシク周辺まで後退させることができました。

現在は膠着しています。

 

NATO諸国の軍事援助がある中で戦線は膠着しているのです。

これに対して物資を支援しているのは中国であると彼らは名指しするようになりました。

 

実際にロシアを支援しているというか経済的に封鎖していないのは中国およびインドです。

彼らはヨーロッパやアメリカが経済封鎖して買わなくなった天然ガスや石油を始め物資をロシアから安く買っているだけだと思います。

理由は「安いから買っている」だけです、支援するつもりはありません。買えば支援することにはなることは分かっています。ただ、自分たちの利益を我慢してまで他国の言いなりになるつもりはないのだと思います。

 

今、こういった中国やインドの立場というのが世界に大きな影響を与える時代になってきました。つまり、もうアメリカとヨーロッパだけでが世界の情勢ではないのです。

 

私はこれからの日本はアメリカを主要な外交政策機軸としながら、どんどん多方面の国と経済文化を通じて友好関係を築く。日本の最先端技術を魅力としながらアジア、アフリカの各国とまずは経済協力関係を結びながら人的交流を強め、平時のお付き合いを増やしていく。

 

これは日本の経済発展とイノベーションにも繋がっていきます。

そして多くの国に生産拠点を作ります。

サプライチェーンは自国のみでなく、友好国を増やして多方面で拠点を作ることが経営の安定化に繋がるのです。

 

そうやって友好国をアメリカの他にいくつも作っていくことが

日本の外交方針として正しいと思います。

アメリカから離れるのではありません。アメリカも離れていくと知ったら嫌でしょう。

 

しかし、アメリカと友好な日本が多方面にアメリカと相性が合わないような国とも外交チャネルを持ってくれるとしたらアメリカの国益にもつながる話だと感じるでしょう。

特に先日のイスラエルの件などは中東に独自のチャネルを持つ日本の外交努力を問われていい場面でしたが、日本が積極的な外交を見せたとは私は思いません。

 

同じように、ウクライナに対する外交も不満がいっぱいあります。

まず、ウクライナ侵攻の後、ゼレンスキー大統領が来日し日本の国会で演説したことがあります。

日本はウクライナに対して約900億ドルの支援をしました。

 

しかし、日本はウクライナの大統領がロシアの侵攻に対して支援を求めるなら、日本が兼ねてよりロシアとの国境について北方領土問題を抱えているわけです。ウクライナの大統領として、当時ソビエト社会主義連邦の一構成国であったウクライナの大統領から何某かの言質をとっていいと思います。

日本に返還するべきだと思うとか、日本の北方領土問題に対し、同じく力で領土問題を解決しようとする試みに対して断固として反対するなど、歴史問題を交渉によって解決するべきだと声明するとか、いろいろな立場で言わせることは可能だったと思います。

 

しかし、ゼレンスキー大統領に北方領土問題について何も言わせず、つまり彼は何もせずにただ日本に救援を求め、日本は血税を差し出したのです。

 

にもかかわらず、最近の岸田首相は「ウクライナは明日の東アジアだ」と言い出してます。

 

そうなんです。まさにウクライナで起こっていることはアジアにも飛び火しかねない事態になりつつあります。先日は北朝鮮とロシアの国家経済安全保障パートナーシップ条約が締結されました。

ほどんと軍事同盟です。

 

ロシアにとって一番嫌なのは西に進みやすいけど東は苦手なのです。寒い海だからです。

日露戦争に負けたこともあります。ロシアの中心地はあくまでヨーロッパ側でウラル山脈より東側に精通した政治家、軍事専門家はいないのだと思います。

ロシアが得意なのは陸戦であって海戦ではないのです。

 

むしろ今ウクライナを信仰しているロシアにとって、一番動いてほしくないのは日本です。

日本が北方領土を軍事的に圧力かけてきたらロシアに対抗する余力はあるのでしょうか?

 

約100年前日本はロシアに勝ちました。戦争が終わった後、条約により新しい領土を得たのですから一応勝ちです。それくらい僅差の勝ちだったようです。

むしろロシアは、多少領土を奪われてもいいから戦争を終わらせる必要があったので条約を締結したという状態です。ロシアで革命が起きたからです。

 

ロシアの政治家も民衆も、ヨーロッパ側で起こる地政学的なリスクに対しては肌で敏感ですが、極東の場合は日本の視線でパキスタンぐらいまで離れているわけです。

 

もし極東アジアで戦争が起こったとしても、気候的にも領土的にも、軍人から見たら慣れ親しんだ祖国という感じはせず、モチベーションも低いと思います。

 

恐らく国内での厭戦気分は即座に出ると思います。

それも挟み撃ちにされるのは心理的に恐怖です。

 

だから100年前日露戦争は勝てたのだと思います。もちろん日本の外交努力でアメリカもイギリスも、ヨーロッパが日本の味方をしました。ロシアが力を失うことはいいことだったのです。

トルコの人はとても喜びました。その少し前までトルコとロシアは戦争していたからです。

 

昔も今も、物流の肝心要は水運であり、地中海は最も地政学上重要な航路です。

それに対してロシアは長年南進政策をとっており、それがヨーロッパ各国の最大の懸念なのです。

そんなロシアに勝った日本は英雄なわけです。

 

今回のウクライナ戦争は確かに他人事ではありません。東アジアで将来、同じような危機があるからです。

ですから、先日の岸田首相の「明日の東アジアだ」は確かにそうなんですが、それなら何故ウクライナのゼレンスキー大統領に何も手土産も要求せずに支援したのか。

それこそ外交だと思うのです。

 

私の外交方針はそこです。平時は恵比須顔の商人として日本の最新技術を売り込みながら人的交流と経済交流を活性化させ、お互いの生産拠点を担保しあって信頼関係を作ります。

それには日本の真心のおもてなしが必要です。

将来、そのおもてなしはお互いの生産拠点を守るための安全保障関係を構築することになるのです。

その計画と連動しているからこそ、おもてなしにも力が入るものです。

海外進出する企業も日本の国益とともに利益を上げるわけです。

 

例えばオーストラリア、ベトナム、インドネシア、インド、タイ、アフリカや南アメリカ諸国にその販路と友好関係を拡げます。

中には国民性として信頼関係の作りにくい国もあると思います。インドや中国は気を付ける必要がありそうです。

 

でも、経済を通して(損することもあると思います投資ですから。でもお金のリスクは国益や人を守ります)信頼関係を作っていけば、国際世論に大きな影響を与える日が来ると思います。

日本がいつか孤立しないように。

 

先の第二次世界大戦は、あまりにドイツの経済発展に目を見張った日本が、他の国を駆逐するドイツについて行けさえすれば生き残れると計算したのが間違いでした。

もっと平時から多国間での経済協力、交流を図りながら細かく国際情勢を分析していればそんなことにならなかったと思います。

 

ある元日本軍人がアメリカに行ったとき、戦時中に捕虜に対して人道的な扱いだったとかそんなので感謝される式典だったと思いますが、とてもアメリカで歓待されたそうです。

その時思ったのが、日本では「打ちしてやまん鬼畜米英などと教わってきたが、最初からアメリカと交流していれば戦争などにはならなかった」と話してました。

 

単純なことですが、日本では島国で中々日常的に外国人と出会うことがありません。

特に昭和初期までの日本人は外国人など実際にあったこともない人が大多数だったと思います。

 

今はインバンド景気というか、日本中いたるところに外国人旅行者を見かけることができます。

まだ、それでも外国人と会ったことがない、喋ったことがない人がたくさんいると思います。

ぜひ会って、お話してください。

将来、自分の子供が見知らぬ外国人と銃を持って対峙しない世の中になるために、とても簡単で大切なことです。

 

ただ、日本に来ている外国人は「日本に来ている」だけでやはり日本に対する印象がいい人がより分けられています。外国に行ったら、日本人に対して、外国人観光客よりも不寛容になって当たり前です。

 

熊野古道を通じてきている外国人をもてなすこと。実は日本の平和のためにとてもいい仕事だと思っています。

なんと、たった2部屋しかない古い家を改装して始めただけのゲストハウスに、各国の大使館から直接、宿泊できるかお問い合わせをいただきます。1つの国ではありません。各国です。

大使の次にあたる一等書記官の方にお泊りいただいたこともあります。

 

日本との外交館生活の中で、私たちのおもてなしもハイライトの一つになったら嬉しいなと思いながら、いつも通りできる限りのおもてなしをさせていただいておりました。