前回のブログで、熊野信仰は偉大な自然と自分を向き合わせる事と原始的な自然崇拝は根本が同じだと思う。という話をしましたが、ではその熊野の大自然とは何なのか。について、ちょっと掘り下げてみたいと思います。
私は東京生まれの人間なので、外から見た時の熊野の自然は「東京に比べてこういう所が特殊」という発想になります。
私が見た熊野の自然は、「変化が激しく、季節の力が強い」というのが感想です。
まず気候ですが、山の中でも海岸沿いでも、急に雨が降ったり、日差しが強くなったり変化が激しいと思います。その上降る雨は半端なくて東京でこれだけの量が激しく降ったら災害になるだろうな、と思うことがよくあります。
気象データ上も年間降水量は小学校でも習った通り3000ミリを超えます。
台風の激しさも経験したことがないものでした。
私が知る8年間でさえそう思うんですが、13年前の紀伊大水害の資料や、地元の方の話を聞いて「あのときはここまで水が来たんだよ」と指さすところは、私が通る国道の上にかかる橋でした。
つまり5~6m以上頭上です。
想像を絶する水量です。
また、前にも書きましたが、紀伊半島には岩の名勝が沢山あります。
橋杭岩、海金剛、円月島、古座川の一枚岩、三段壁、千畳敷、ゴトビキ岩、花の窟、鬼ヶ城、円座石、由良海岸、鳥毛洞窟ぱっと思いつく限りでもこれだけあります。
この紀伊半島は中央構造線の南側にあり、さらに熊野カルデラというのがあるそうです。
ウィキペディアによると約1400万年前に噴火したその規模は、地球上でも最大規模級らしいです。
恐らくこの中央構造線と熊野カルデラによる火山岩の隆起、南海トラフによる地震、そして度重なる水害と潮流によってむき出しになった岩たちが厳しい自然をより感じさせるのだと思います。
関東平野も、元々は利根川や荒川など、度々の水害に悩まされてきました。
また富士山の火山灰の影響で関東ローム層ができています。
しかし、上水を作ったり堤防など様々な治水工事で水害から悩まされずに済むようになりました。
紀伊半島では現在でも治水工事は鋭意続けられていますが、気候条件と地理的要因で、自然の脅威を抑えるに至っていません。それぐらい厳しい自然です。
人々を含めて生き物たちは、その厳しい自然を乗り越えていることがすごいです。
熊野の地元の人たちにとっては当たり前のことです。ですが、(東京でなくても)外の世界の人々からすると、これはすごいことで、そこで培われた精神性を感じたいという思いがあります。
反対に、その自然は美しいものを創ります。先ほどの岩の名勝だけでなく、那智の滝や瀞峡、果無山脈もそうだと思います。激しい雨が降った翌日、山々から立ち上る水蒸気は山火事と見まごう程の量です。その水蒸気は山里を覆い、雲海になったり、川霧や海霧など、まさに仙人が住むような雰囲気を作ります。外国人にもこの霧はとても美しいと感じます。
こういう厳しい自然は、植物も美しくするのかもしれません。
こちらに来て、四季を通じて変化する山の様子を見ながら、初夏のころの若葉も力強さを感じます。
もちろん
桜や紅葉もきれいなのですが、東京では見なかった花や山菜、木の種類も様々でそれぞれが美しいと感じることがあります。
風もものすごく強い時は強いので、プランターなど生活の端々で飛ばないような工夫や、例えば車を停めるときも道側にフロントガラスを見せると、もし何か(強風などで)飛んできたとき、割れてしまったら高額だからリアガラスの方が安いから車を道側に前向けて停めないなどと言ったちょっとした対処など、地元では当たり前のことが自然と身についています。
