熊野信仰というのは、定義があるわけではないでしょうけど、大体鎌倉時代の「蟻の熊野詣」の背景にある末法思想と浄土思想について解説されると思います。
釈迦がなくなって1000年後には悟りを開くことができない世の中が来る。といわれた末法思想。
11世紀当時の人はもうすぐ世も末だと考えたそうです。
その時に、浄土へ行きたい。浄土というのがある。南無阿弥陀仏を唱え、信じれば成仏して浄土へ行くことができる。と考えました。たぶん。
そして、歴代の皇族や僧侶が精進潔斎して命がけで向かう熊野は日本書紀によると死者の国らしい。おそらく熊野こそが浄土に違いない。と思ったのでしょうか。
一遍上人が熊野権現と出会ったのも熊野の山中で、熊野には霊験あらたかな何かがあるに違いないと思ったのかもしれません。
また西国三十三か所霊場のように花山天皇や裸形上人が修行した伝説の地から足跡をたどり、33の霊場をお参りすることで宝力を得られると思ったのか。
また、老人が不治の病に侵され最期の望みを託しに行ったのか。当時の子供は天然痘である疱瘡にかかると高い致死率でした。熊野を始め寺社では病魔退散のお札を発行していたそうです。
いずれにしろ熊野には昔からの人々が捉えてやまない信仰の地でした。
現在、外国人はそういう日本の信仰心や精神を理解してトレッキングしているのだろうか?
私は、熊野古道の歴史を紐解きながら、また外国人のトレッキング文化を見ながら、この現象は「もともと熊野が持っている自然崇拝と外国人が感じる自然の雄大さと自分を向き合わせる旅というのは非常に近しく、むしろ原点に戻ったのではないか」と感じたのです。
そして、実は仏心をおこして熊野御幸をした皇族たち、熊野権現と出会い、時宗をおこした一遍上人と蟻の熊野詣の庶民たちも、結局熊野の持つ霊場という名を借りた自然の雄大さと自分を向き合わせる旅という事に、本質は変わらないのではないかと思うのです。
外国人のトレッキングは新しい熊野信仰の一つの形態なのです。
そして熊野は「信不信を問わず、浄不浄を厭わない」全てを受け入れる、大自然の信仰スタイルなのだと思うます。
